2017年1月9日月曜日

日EU経済連携協定の現状―データ・フロー問題



 米国大統領選が終わった直後、トランプ氏の当選で多くの人々が「TPPの死」をより現実的なものと受け止めた。しかし日本政府はTPPの国会批准をあくまで推し進めた。2016129日、参議院での採決によってTPP協定と関連法案は批准された。条約の批准は衆議院の優越が認められる事案であり、仮に参議院で時間切れとなれば「自然成立」となるわけだが、結果的にはそのような「不正常な形での批准」ではなく、「民主的な投票」が行われ議会が可決したという結果となった。日本にとっては、「TPP水準の自由化や規制緩和は承諾済」としてこの結果が今後のすべての通商交渉のスタートラインになったといってもいい。安倍晋三首相は12月9日、TPP承認には「日本がTPP並みのレベルの高いルールを、いつでも締結する用意があることを(他国に)示していく」狙いがあることを説明している。仮にTPPが米国によって完全に葬られたとしても次に日米FTAというカードが切られれば、当然米国はTPP以上の水準のものを日本に求めてくる。その意味でも、12月の国会批准はいかなる意味でも日本にメリットなどはなく、むしろ危険度を高める選択となったといえるだろう。

 このように日本政府はTPP批准に向け邁進していた一方で、実は同時に2016年秋からEUとの経済連携協定(EPA)も加速化させてきた。このプロセスはおろかこれまでの日EU経済連携協定の経緯については、RCEPTiSA同様、マスメディアではほとんど報道がなされてこなかった。米国大統領選後の11月下旬になって、突如として「EUとのEPAが年内に妥結か」との見出しが躍り、多くの人が驚いたことだろう。

 結果的に、12月の妥結は実現せず、交渉の最終段階は今年に持ち越されたが、その内容も経緯もまったく明らかにされていないという点では大きな問題がある。またかろうじて日EU経済連携協定について語られる場合、TPPと同じく日本にとっての問題は「農産物や工業製品などの関税問題」だけが切り取られ、交渉の全体像は矮小化される。日EUEPATPPと同様に、「規制の協力」という名の下でのルールの統一や、国有企業や政府調達などの分野の自由化、さらには投資家対国家紛争解決(ISDS)なども含まれている。それらが双方の国民・市民にとってどのような影響を及ぼすのかが十分に検証されなければならない。

 これより、日EU経済連携協定の全体像と、問題点について連載のような形で、トピックごとに掲載をしていきたい。まとまった文章を掲載するには時間がそれなりにかかり、それでは実際に進む交渉に追いついていかないためである。ご了解いただいた上でぜひ継続してお読みいただけると幸いである。

★データ・フロー(プライバシー保護)問題

 2016129日、米国の政治専門誌「Politico」に大変興味深い記事が掲載されていた。タイトルは「EUと日本のEPA(経済連携協定)の最後の大きな障害はデータをめぐる闘い」というものだ。ちょうど妥結に向けた東京での交渉が始まる直前に、今まで日本ではまったく触れられていない交渉分野が登場した、というわけだ。

 そもそもTPPにおけるデータ移動やサーバー設置に関する規定を読み調べている際に、EUと日本、EUと米国との間に存在するプライバシー保護規定の大きな違いに私は注目してきた。オンラインビジネスにとってデータの自由な移動や利用は必須であるが、一方でそれは個人情報の流出や悪用にもつながりかねない。当然EUの規定は厳格であり、さらに2016年4月、欧州議会においてEU一般データ保護規則(GDPR=GeneralData Protection Regulation)が採択された。ここではGDPRの詳細は省くが、この規則のもとで、GDPRは、個人データを「処理」し欧州経済領域(EEA=European Economic Area)から第三国に「移転」することを原則禁止したうえで、例外的に認められるための条件を規定している。違反した場合は多額の制裁金が課されるおそれがある(全世界年間売上高の4%以下または2000万ユーロ以下のいずれか高い方等)。

 日本が例外的な地位を認められるためには、いわゆる「十分性認定(=データ移転先の国・地域で個人データの十分な保護措置が確保されているかどうかを欧州委員会が審査し、認定すること)」をEUから得る必要があるが、現在の日本の弱いプライバシー保護では足りないと言われている。

 つまり、個人情報保護について日本とEUの異なる思想と法が対立し、それが日EU経済連携協定の中でも決定的なコンフリクトを起こしている、とPoliticoは報じているのだ。詳細解説は別途行いたいと思うが、まず今回は翻訳記事を紹介する。



EUと日本のEPA(経済連携協定)の最後の大きな障害は
“データをめぐる闘い”

2016129日 Politico
By Alberto Mucci, Laurens Cerulus and Hans Von Der Burchard

データをめぐる論争は、EUと日本のEPA(経済連携協定)にとっての予期せぬ障害となった。この障害は、交渉官が政治的合意をもって交渉終結を予定していたわずか数週間前に出現した。
今年、カナダとの間でのCETAの妥結に向け熾烈な努力を行ってきた後、セシリア・マルムストローム欧州委員(貿易担当)は、世界3位の経済大国との魅力ある貿易交渉を妥結することで、軋んでいるEUの貿易アジェンダを軌道に戻そうとしていた。日本経済はカナダの3倍の規模であり、東京との関税削減交渉の合意は、「ブリュッセルはビジネスに戻ってきた」というメッセージを域内に広げるはずだった。
マルムストローム氏が今直面するのは、EU議員や欧州委員会の正義と消費者のための当局の担当官からの抵抗である。この両者とも、東京との経済連携協定がEUのデジタル・プライバシー体制を侵食すると主張している。
データ・プライバシー問題は、EU最大の貿易協定にとって、思いがけないハードルだ。日本はEU産の農産物輸入を受け入れることを拒否し、EUは自動車輸入の関税引き下げを拒否してきたため、日本との協定は長い間、EUにとって主要課題ではなかった。
しかし、自動車と農産物の関税に関する取引の様相は劇的に変化した。交渉筋の人間は、英国のEU離脱と、米国大統領選でのドナルド・トランプ氏の勝利によって、EUと日本のEPAの政治的決着は現実的にあり得ると語る。EU側首席交渉官であるマウロ・ペトリチオーネ欧州委員会貿易総局次長は、交渉を妥結させるため来週東京に赴く。もし実現すれば、3月という早い時期に署名することができる。
日本側交渉官は、データ・フロー規定が貿易協定に含まれることを望んでいる。しかし、EU側はそれを望んでいない。「日本にとって、これは必須条件です」と、ある産業関係者は言った。
オランダのリベラル議員であるMarietje Schaake氏は、このことが早急な妥結の見込みを弱めていると語る。「EU議会は、EUにおけるデータ保護規定を蝕むような貿易協定には批准しません。欧州委員会もそのことを理解しています」。
データとは、カード会社や銀行の基本であり、そのため機密保持が求められる。現行の規定の下、ヨーロッパの企業が日本で商品を売り、カード情報や名前などのデータを保管したい場合、それは日本の領域で、日本のサーバーの中に格納する必要がある。もちろんこれは企業のコストを増大させる。逆に日本の銀行がヨーロッパでビジネスをしたいという場合にも同様の規定に基づく必要がある。
この課題に直面した時、欧州委員会は「貿易協定においてデータ保護の基準については交渉しない。他の貿易交渉の時と同じように、日本との自由貿易協定においてもこの姿勢は同じである」と表明した。
対照的に、日本政府の広報官は、「日本はEUとともに、世界のモデルとなり得るようなアート・デジタル経済を確立するために協力したい」と語っている。

トランプという要因

日本もまた、最近起こった貿易協定の問題から立ち直るために、EUとの経済連携協定に目を向けている。トランプ氏の掲げた、TPPからの撤退という公約は、日本の貿易政策に大打撃を与えた。
英国のEU離脱という要因もある。英国が単一市場のメンバーであり続けるという条件のもとでなされた日立や日産のような企業による大規模な投資も危険にさらされている。
こうした恐れが、可能性の低かった選択に勢いを与えた。
「今年末までには政治合意に達するチャンスがある」と、外交筋は言う。同時に、「技術的な作業が数か月は続くだろうが」と付け加えた。公表されている課題としては、農業、食品名の保護、そして投資家へどのような法的保護を与えるかというものがある。
データに関する日本の戦略は、「十分性認定(adequacy decision)」として知られる特権的な地位をEUに求めることだ。これは、EUが日本のプライバシー保護規定をEUと同等であると認めた場合に、データのフロー(移動)を許可するという特権だ。欧州委員会は、夏に米国との間で合意した「プライバシー・シールド」のような規定を探し求めている。現在EUとの間で、このような特権的な地位を獲得しているのは、米国、アルゼンチン、カナダとニュージーランドのような国の限られた国々だけである。
しかし、欧州委員会筋によれば、日本のプライバシー保護法がEUのそれと同等の水準に強化されるのには何年もかかる。
日本とEUは、貿易交渉をより早急に妥結するため、「十分性」という中身を何らかの形で弱めるという妥協の道を見つけ出した。しかし、協定における文言をどの程度の強さで記すかについて、意見の相違がある。
欧州委員会の「貿易と正義局」は、新サービス貿易協定(TiSA)において、数か月もかけてこのデータ規定の文言について検討してきた。貿易担当局は、データフローを協定文の中に盛り込み、ヨーロッパのデータによる経済を拡大するために新規市場を開拓したいと考えている。一方、データ保護当局は、強いプライバシー保護を求めている。
TiSA交渉は、欧州委員会の最高レベルにおいて停滞し、現時点でそれを解決する方法は見いだせていない。
EUと日本の経済連携協定の影響評価の作成者であり、国際政治・経済のための欧州センターの責任者でもあるHosuk Lee-Makiyama氏は、妥協のための圧力が存在していたと語る。
「データ・フローに関する文言について、東京とブリュッセルの間で合意していないのであれば、この協定の妥結はほとんど無意味なものである」と語った。
 


2016年12月27日火曜日

RCEP交渉会合にて、日本の市民社会が果たすべき役割について



 TPPTTIP(米国とEUの貿易協定)TiSA(新サービス貿易協定、日本も参加)など、いわゆる「メガFTA」は行き詰まりを見せている。201611月の米国大統領選の結果、共和党候補者のドナルド・トランプ氏が勝利したことで、氏の言う「TPPからの離脱」が本当になされれば、TPP協定は完全に頓挫することになる。また米国がTPPから離脱しないとしても、再交渉となるのは必至であり、改めてその内容は変わっていくこととなる。また米国とEUの貿易協定TTIPも、EUとカナダの貿易協定CETAも、市民社会からの強い反発を受け、交渉は停滞している。
 WTOの後の通商交渉レジームとして2013年頃をピークに世界の多くの地域をカヴァーする貿易協定として登場したメガFTAだが、実情は米国がこれまでの貿易協定で使用してきた協定文のフォーマットを流用しながら、大企業や投資家にとってさらに有利となるルールづくりがなされてきたと言える。TPP協定の中にも、知的所有権(医薬品の特許や著作権保護)の強化や、投資家対国家紛争解決の制度(ISDS)、食の安心・安全を脅かしかねない規定など、グローバルにビジネスを展開する側にとっては有益だが、各国の国民の暮らしにとっては脅威となる規定が数多く含まれている。
 経済力も国の制度も異なる多様な国々が、このような単一のルールに適合させられ、各国内の法律改正や規制緩和を強いられる現在の貿易協定の無理と矛盾が露呈したことが、これら貿易協定が漂流していることの大きな理由であろう。またこれらの貿易協定はいずれも秘密交渉であり、各国の市民からは民主主義という観点からも批判されている。
 歴史を振り返れば、1980年代に始まった新自由主義の流れは、自由貿易を推し進めてきたが、当時経済理論として持ち出された「トリクル・ダウン」は、30年たった現在、実現しなかったことが数々のデータから判明している。フランスのトマ・ピケティが指摘し、またOECDレポートでも指摘されているように、貿易の自由化は貧困と格差を是正するどころか、逆にその主要な原因となっているのである。著名な経済学者であるJ.スティグリッツは、自由貿易の推進によって貧困や格差が広がり、米国における貧困者の医療アクセスが今以上に悪化することを指摘している。
 シエラクラブやOXFAMなどの国際NGOは、環境や開発という視点から、大企業優先のルールである自由貿易協定に批判的見解を呈している。20156月、国連の人権専門委員10人が、TPPTTIPなどの協定は、医療や医薬品、水道などの人間にとって欠かせない基本的サービスへのアクセスから、人々を阻害する危険があるとの韓国も出している。国連の人権専門家も「人権条約や開発目標についてきちんと触れないままに、TPPに署名してはならない。TPPには根源的欠陥があり、国家が規制できる余地が担保されないかぎり署名も批准もされるべきではない」と各国に警鐘を鳴らす声明も発表している。

 このようにメガFTAが行き詰まる中で、日本政府は東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉を促進している。しかし日本ではRCEPについての周知はほとんどなされておらず、米国大統領選の直後、TPP漂流の可能性がある中でにわかにRCEPにも注目が集まったものの数日間だけだった。
RCEPには米国は含まれず、中国やインドなどアジアの大国、そしてAESEAN諸国などが入っており、先進国である日本のプレゼンスは大きい。RCEPの第16回交渉会合は2016125日~12日まで、インドネシアのジャカルタで開催された。この会合の終了時に、次回の第17回会合は2月末~3月初旬に神戸で開催されることが正式に決まった。
 後述のとおり、RCEPはアジア全体を包括するメガFTAであり、多くの開発途上国も含まれている。国際市民社会はRCEPTPPのような大企業優先のルールが持ち込まれることを強く懸念しており、日本の提案についても批判が寄せられている。特に、貿易自由化による経済効果のメリットだけがクローズアップされる中で、アジアの途上国における貧困削減、医薬品アクセス、農民の種子に関する権利など、社会開発や人権にかかわる領域で問題が起こることが予想される。
 先進国としての日本が交渉会合のホスト国となるこの機会に、改めてRCEPについての周知を国内外に行ない、国際市民社会の声を交渉官に届け、人々にとって本当に意味のある貿易政策がとられるようになることは極めて重要である。市民社会の側から、環境や人権に配慮し、貧困削減や地域経済の発展に貢献するような貿易のあり方を提言することがその中心的課題となろう。経済の発展段階も、文化も、宗教も様々であるアジア太平洋地域において、多様性・多元性を活かしながらの経済協力について、研究者、国会議員、NGO、労働組合、市民団体、個々人が協働して提言できればと思う。


★RCEPとは?★

RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership)は、日中韓印豪NZ6カ国がASEANと持つ5つのFTAを束ねる広域的な包括的経済連携構想であり、201111月にASEANが提唱した。その後、16カ国による議論を経て、201211月のASEAN関連首脳会合において正式に交渉が立上げられ、実質的な交渉は20135月から始まった。
交渉参加国は、ASEAN10か国と日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インドである。

RCEP交渉参加国★
インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス(以上ASEAN10か国)、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド
 
RCEPが実現すれば、人口約34億人(世界の約半分)、GDP20兆ドル(世界全体の約3割)、貿易総額10兆ドル(世界全体の約3割)を占める広域経済圏が出現するといわれる。RECPTPPと比較すれば、自由化度も低く、各国の保護措置もそれなりに担保されるといわれるが、農産物の関税だけでなく、サービス貿易や知的財産権など幅広い分野が交渉の対象とされている点はTPPと共通している。
 RCEP交渉もTPPと同じく、交渉内容は秘密だ。参加国の市民社会はネットワークをつくり、リークされた文書などを共有・分析しているが、限られた情報の中で交渉内容を分析し問題提起をしていくことは極めて困難だ。重要な問題は、リーク文書によれば、知的財産分野にて医薬品特許に関して、日本と韓国がTPPと同じ水準の強い特許権保護を主張しているとの情報があることだ。もしこれが実現されれば、アジアの貧困国での医薬品アクセスは困難となる。ベトナムやマレーシア、ラオス、カンボジアなど貧困層も多くエイズ患者も多い国々の市民からは、日本のこの提案に対して、「撤回してほしい」という強い懸念が表明されている。「国境なき医師団」も、TPPだけでなくRECPにおいても製薬大企業の利益が優先されることへの警告を発信している[1]
 RCEPにはラオス、カンボジア、ミャンマーなどの後発開発途上国(LDC)が含まれる。こうした国ぐにとっては、RCEPによって国内産業が民営化されたり、大幅な規制緩和が行なわれれば貧困解決どころか、国内の格差は広がっていくと思われる。また医薬品アクセスが阻害されることによって、患者には大きな負担となる。まさに貿易が人々の命や暮らし、人権に有害な結果をもたらすことになりかねない。
 またRCEPにはTPPと同様、投資家対国家紛争解決(ISDS)が含まれていることもリーク文書が明らかにしている。投資家からの巨額の賠償請求がなされれば途上国はもちろんアジア各国政府にとっては大きな負担となる。RCEP参加国の市民団体は、RCEPからISDSを除外するよう求める要請文を各国政府に提出している。[2]
 これまでRCEPに参加する国の市民社会は、協力してすべての交渉参加国政府に要請文を提出するなどして、人々の声を交渉に反映させようとしてきた。しかし秘密交渉の壁も厚く、また大企業や投資家寄りの交渉の進め方のせいで、こうした声はなかなか汲み取ってもらえないのが現状である。交渉も長期化し、2017年には妥結という目標が立てられる中で、日本における第17回交渉会合で市民社会がどのような提言を行なうのかは非常に重要なポイントとなっている。日本が先進国としてどのような姿勢でRCEPに臨むのか、また「貿易と人権・環境・貧困削減」という対立的な課題をいかにして調和させ、未来の貿易のあり方を提言していけるのか、日本が果たすべき役割は大きい。


[2] 東アジア地域包括的経済連携(RCEP)参加国の市民社会による各国政府への公開書簡