2016年8月12日金曜日

新たなメガ貿易協定:RCEPはアジアの農民の種子にどのような意味を持つのか?


RCEPに関して、日本国内ではほとんど報道がないが、アジアの人びと、とりわけ農民からは危機の声が上がっている。しかもその矛先は、日本が提案している中身に直結している。
農民や先住民族が長年当たり前のように行ってきた、種子の保存や交換が、RCEPで企業の知的所有権が強化されることで、できなくなる危険だ。同じ規定はTPPの中にも含まれており、まさに企業による種子のさらなる支配が今以上にグローバルに進むことになりかねない。

今回は、国際NGOであるGRAINによる報告書の翻訳をご紹介します。


新たなメガ貿易協定:
RCEPはアジアの農民の種子にどのような意味を持つのか?

GRAIN201637日)


翻訳:内田聖子
※無断転載禁止


20162月、議論の末、アジア太平洋地域の12か国をカヴァーする新たな貿易協定、TPPがニュージーランドにて署名された。米国によって牽引されてきた交渉の結果、TPP協定は中国を除外する形で、いくつかの選ばれた国の中での巨大な貿易と投資を目的とするものである。TPPは農民たちが種子を手に入れ、種子を管理していく行為に大きなインパクトを与えるであろう。しかし、アジアではRCEPという別の「メガ」貿易協定がうごめいている。GRAINによる本レポートは、RCEPがこの地域で農民の種子にどのような意味を持つのかを、最近署名されたTPPとの文脈の中で考察するものである。

★新たな貿易協定における種子についてのより強烈なルール

TPPに続いて、もう一つの地域貿易協定が現在交渉されている。この協定は農民の種子に規制を押し付けるものである。TPPほど知られていないこの協定はRCEPといい、東南アジア諸国連合(ASEAN10か国(=ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)と、ASEANと自由貿易協定(FTA)をすでに締結している6か国(=オーストラリア、中国、インド、ニュージーランド、日本、韓国)の貿易協定である。TPPが世界貿易うち8億人、13%を占める一方、RCEPはその4倍以上の人口をカヴァーする。つまり35億人、世界貿易の12%である。
他のFTAと同様に、RCEPが適用される分野は広範囲で、モノとサービスの貿易から、投資、経済的・技術的な協力、知的所有権、競争と紛争解決メカニズムまで含まれている。RCEPTPPを「より控えめにした」バージョンの貿易協定と思われており、関税削減という調和の要求は弱く、基準も低く、さらにその速度も遅いことから、多くの人は、RCEPは低所得国・中所得国に有利なものだと考えている。しかしリークされた交渉テキストは、アジアの農民による種子の管理と、先住民族や地元の人びとによる伝統的な知識の行く末にとって、RCEPには深刻な懸念が含まれることを提起している。

★種子:農業の支柱

農民は、土壌の種類や食性、家畜の需要、気象パターン、水の利用可能性そして地域の文化など数々のことを考慮した上で作物を選択する。彼らは自ら種子を保存し、自由に交換するという長い伝統を持っている。そして、異なる種子をかけあわせ、次の作付時期に向け種子を蓄えてきた。しかし、これらの伝統は、もはや当たり前のことではない。1960年代の「緑の革命」以降、アジアの農民は、農民の種子をいわゆる高収量品種へと切り替えさせるための政府と企業による計画によってひどい打撃を受けてきた。今日では、西洋諸国の遺伝子組み換え(GM)種子企業は、中国のハイブリッド米の種子生産者と同じように、アジアへの種子の供給を支配するため争っている。

これら企業は、農民の種子よりも自社の種子の方が「優れている」といって販売を促進する。その目的は、最終的に農民の種子に取って代わるためである。さらに、企業は種子の私有化を許可するよう種子に関する法律を改訂するよう政府へ圧力をかける。アジア太平洋種子協会によれば、農場にて保存された種子はアジアで使われるすべての種子の80-90%を占める。種子産業は、この自給自足の地域供給を、商業的な種子へと入れ替えることを望んでいるのだ。

種子を支配し独占しようとする企業の圧力は、さまざまな形態をとる。ある戦略では、植物種の保護か、特許権をとるかのいずれかを義務づける知的所有権に関する法の策定を通して、種子の私有化の圧力を相手国にかける方法がとられる。しかし他の法律を策定した場合も同じような効果を持つ。例えば、種子の承認に関する規則やマーケティングに関する規制、食の安全管理体制などがそうである。地理的表示(原産地表示)のように、知的所有権に関して「ソフトに」見えるルールであっても、農民が自らの種子を蓄え、交換し、売ったり植えたりすることを違法行為とすることが可能なのである。
貿易協定は、こうした種類のルールを政府に実行させるための格好のメカニズムとなった。1995年以降、世界貿易機関(WTO)は、「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)」という特別な取り決めを有している。これは参加国すべてに種子の私有化を強制するものである。しかしモンサント社やシンジェンタ社のような種子企業にとって、WTOでの合意は不十分なものにとどまっている。

★リーク文書が示すほんとうの危険性

2015年、市民社会組織が、RCEP交渉中に日本、韓国、インド、ASEAN事務局から提案された知的所有権(IPR)についての協定文のリーク文書を発表した。この文書から、農民の種子に対するほんとうの危険が数多く読み取れる。

★日本と韓国は、すべてのRCEP参加国にUPOV1991条約批准を求めている

UPOV 1991条約(1991年植物新品種保護国際条約)は、各国がどのように植物種の保護を実行しなければならないかについての一連の共通基準を定めている。それは農民の経済的負担と引き換えに種子企業に有利に働くことになっている。UPOV 1991条約の下で種子企業は、ある種子を「彼らの」ものとして、生産と繁殖、販売、輸出入を支配する占有権を手にすることができる。もしこれらの流れの中に参入し種子を使用したい場合は、誰であれ種子企業に許可を得てロイヤリティ(特許使用料)を支払わなければならない。UPOV 1991条約の下では、使用料を支払い政府が認可しない限りは、私有化された種子の保存や交換をすることはできない。企業の力を促進させるこの占有権は、特定の状況下では作物の収穫の段階にまでも拡大する。

UPOV 1991条約の下で種子企業は、農民が許可なくして企業の持つ種子を保存したり、企業の種子と類似している種子を交換した場合、企業の権利が侵害されたと主張することができる。したがって日本と韓国によるこの提案から、農民の種子に関する行為がターゲットとなり、奪われ、破壊されるという危険が予測される。

★日本は種子の保存を違法とすることを求めている

 日本のRCEP交渉の提案は、植物種の権利が故意に侵害された際、それを刑法のもとで裁こうとするものである。これは、種子の輸出入が監視されることを意味する。また種子企業からの許可がなかったり、ライセンス料が未払いであると疑われた種子は、いかなる場合であっても出荷が停止される。もしその種子が企業の占有権を侵害していることが明らかになれば、その種子はただちに廃棄され、企業に罰金を支払うことになる。

種子の扱いに対する処罰がこのように段階的に拡大されてきたことは、アジア地域の農民たちにある結果をもたらす。RCEP域内の国境の多くは「浸透性」が高い。例えば人びとが域内を移動する際に、種子を持ち運ぶことはよくある話だ。いくつかの貿易協定の下で、国境を越えて種子を運んだという疑いをかけられただけで、それが意図的であったかどうかに関わらず、犯罪として処罰される可能性が生じてきた。日本の提案は、そこまでの段階のものではないが、しかしアジアをこうした方向へと導くものである。

★インドは、すべてのRCEP参加国が伝統的な知識を体系化し、特許庁が利用可能とすることを求める

RCEPの知的所有権章の中で、インド政府は、WTOTRIPS協定のレベルでの知的所有権ルールを維持することを求めている。しかしインド政府はまた、遺伝資源へのアクセスと、農民の種子に関連した伝統的な知識のデータベース化を促進することを定めた生物多様性条約(CBD)の規定をRCEPに盛り込むことを求めている。実際、インドはRCEP参加国すべてが、生物多様性条約名古屋議定書を実施することを求めている。インドはまた、利益を共有するという目的で、RCEP参加国すべての特許庁が、あらゆる発明で使われる生物学的素材の起源を明らかにすることを求めている。

種子は、ソフトウェアではない。特許権だけでなく、生命のデジタル化や伝統的な知識についても、まさにその概念が激しく争われている。もし遺伝資源や伝統的な知識のデジタル情報が集められ、利用可能となれば、モンサント社やシンジェンタ社のような企業は簡単にそれらの情報庫を利用し、農民や先住民族コミュニティが所有する知識や遺伝資源を流用することができる。

インド中の農民は、何十年もの間、生物多様性の登録に彼らの種子を文書化することの賛否を活発に議論してきた。それが地元の人びとによる管理のために計画されていても、多くの人はそのようなツールには反対している。なぜなら地元による管理権を失うというリスクが高く、潜在的に破壊的であるという理由からだ。さらに、多くの社会運動体は、伝統的な知識あるいは生物多様性(農民の種子のような)が政府に帰属するという考えには同意していない。CBDの下で、インドは国家主権を主張し、そして種子の国家による所有権を主張している。しかし、多くの人びとは種子や種子に関する知識は、地元コミュニティの下にあるべきだと信じている。

★農民にとって何を意味するのか?

過去50年以上もの間に、農民運動の強い抵抗があったにも関わらず、多くの国で種子に関する政策は農民に対してより厳しく、そして種子企業にとってより自由なものと変化してきた。例えばタイでは、2013年、EUとのFTA交渉の草案テキストがリークされた時、数千人もの人びとがチェンマイでデモを行った。リーク文書の中で、タイはUPOV1991条約批准が求められていた。種子の保存や交換をさらに制限するものとして、農民はUPOV1991を恐れていたからだ。

多くのアジア諸国では、農民が種子を保存し、育成し、交換する自由は、現行法によってすでに阻害されている。インドの農民たちは、農民の種子の交換を制限する「植物品種および農民の権利保護法 2001」に長きにわたり抵抗してきた。中国では、2014年以来、全国的な農民の種子ネットワークが、種子法を農民の懸念をより反映させたものに変えるよう活動している。彼らが提案している改訂内容は、商業的なライセンスがなくても従来の種子を売ったり交換する農民の権利を守る要求を含んでいる。彼らはまた種子を栽培したり種子を選択する際の農民組織の権利への理解も求めている。

気候変動という大きな圧力のもとで、農民が彼らの土地にてより多くの多様性を必要とするとき、RCEPが種子の保存や交換を制限することは、明白である。さらに、もし農民が特許を持つ企業から購入することでしか合法的に種子を得ることができず、次の季節のために種子を保存する権利が制限あるいは禁止されるのであれば、農民は外部からの供給へより依存することになり、生産コスト増加にもつながる。RCEPに反対する人びとは、貿易協定が現在の3倍もの種子の価格を農民に強いると指摘している。

UPOV 1991条約は、さらに2つの方向で農民の種子の私有化を可能にする。まず、企業と育種機関は農民から種子を入手し、それを育成し、安定化あるいは均質化のための選定を行い、そしてその後、彼らがその種子を「発見した」として権利を主張する。第二に、UPOV1991条約は、1種類の種子に与えられる知的所有権は、「類似した」種類の種子にも及ぶことを規定する。ここには、農民が持つ種子も容易に含むことができる。

RCEPによって、農民はさらに厳しい制裁を科せられる可能性がある。インドネシアなどの国では、既存の植物品種保護法は、種子を育てたり交換した農民に対して、すでに重い制裁を科しているが、RCEPを通してさらに処罰するという方向へ進めば、単に種子を保存し、育てるという長年の実践をしているだけの農民たちが有罪となってしまう。

★緊急行動が求められている!

RCEPのような貿易協定では、種子の独占権を企業に与えるべきではなく、農民が種子を保存することを妨げてはならない。また遺伝子組み換え作物を促進すべきではない。しかし、これらが協定推進者たちのやっていることなのだ。これらの規定を交渉内容から取り除くだけでは不十分である。なぜなら、これらの貿易協定は本質的に、企業や政治エリートのビジネス取引を容易にする方向に偏っているからだ。RCEPTPPへの対応、あるいはTPPを相殺するための地政学的なツールでもあるが、地元コミュニティの利益を何ら促進させることはない。私たちは、交渉テキストを見ることすら許されていないのだ!

RCEPは、早ければ20168月にラオスにて署名される可能性がある。私たちは、RCEPがアジアの農民と食料主権にとってどのような意味があるのか、関心を喚起するための活動を早急に進める必要がある。私たちはまた、農民組合や先住民族組織、食の権利に関する活動家に対して、医薬品アクセス問題や電子上の権利についてのキャンペーンを行う人たち、漁民グループや小売業者などの他のセクターからなる勢力に加わってもらうよう支援しなければならない。数十億の人びとの生命と生業を危険にさらそうとしているRCEPのような貿易交渉を止めさせようとするなら、このような共同が必要である。

Going further

- Chee Yoke Heong, “Opposition mounts against regional trade pact threatening human rights”, Third World Resurgence, Nº 298/299, June/July 2015, Third World Network, http://www.twn.my/title2/resurgence/2015/298-299/econ1.htm

- Public Citizen and Third World Network, “International Convention for the Protection of New Varieties of Plants 1991 (UPOV 1991)”, TPP expert analysis, WikiLeaks, 9 October 2015, https://wikileaks.org/tpp-ip3/upov/page-1.html

- GRAIN, “UPOV 91 and other seed laws: a basic primer on how companies intend to control and monopolise seeds”, 21 October 2015, https://www.grain.org/e/5314

- GRAIN, “Trade agreements privatising biodiversity”, February 2016, Available from: https://www.grain.org/article/entries/5070-trade-deals-criminalise-farmers-seeds






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